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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12460号 判決 1969年5月29日

原告 大協合成株式会社

被告 城南信用金庫

主文

被告は原告に対し、別紙目録<省略>記載の出資持分権について、東京地方裁判所より譲渡人高田文一、譲受人原告なる譲渡命令が発せられることを条件として、右持分譲受承諾の意思表示をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、当事者の申立

1  原告

主文第一、第二項同旨の判決。

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

二、当事者の主張

(一)  原告の請求原因

(1)  原告は訴外品川区西大井五丁目九番六号高伸ライト製作所こと訴外高田文一(以下高田という。)に対し、東京地方裁判所昭和四三年(手ワ)第一四六〇号の確定した手形判決(以下本件判決という。)に基く残債権金一、四七三、八九四円の債権者である。

(2)  高田は被告の会員として別紙目録記載の出資持分権(以下本件持分という。)を有しているが爾余の資産なくかつ現在所在不明である。

(3)  原告は本件判決に基く強制執行として本件持分につきその差押命令をえ(東京地方裁判所昭和四三年(ル)第三三三一号)、右命令は昭和四三年七月二日被告大井支店に送達された。

(4)  そこで原告は右差押持分につき譲渡命令を申請すべくその前提として被告に対し信用金庫法第一五条第二項に基く承諾を求めたところ、拒否された。

(5)  原告は東京都目黒区に住所を有する会社であり、被告の会員となる適格を有するものであるから、被告の右拒否は正当な理由がない。よつて執行裁判所の高田から原告あての譲渡命令が発せられることを条件として、原告に対し本件持分の譲受承諾の意思表示を求める。

(6)  仮りに右請求が認められない場合は、予備的に次の請求をする。

(イ) 被告が(4) 記載の承諾をしない理由は高田の譲渡意思を確認しえないことを理由とするものであるところ、高田は所在不明であるから被告としては高田の意思を確認することは不可能であり、従つて被告の主張に従う限り、何人が本件持分の譲受人たらんとして被告の承諾を求めてもこれをうることは不可能であるから、信用金庫法第一六条にいう本件持分につき譲受ける者がいない場合に該当する。

(ロ) そこで原告は債権者代位権に基き昭和四三年九月一四日被告到達の内容証明郵便をもつて、被告に対し本件持分の買取りを請求したが、被告の定款によれば買取請求以後六箇月を経過した以後に到来する事業年度末において、被告はその持分を譲受けるものと定めており、かつ被告の事業年度は四月一日から翌年三月三一日までと定めてあるから、原告の右請求に基き被告は昭和四四年三月三一日に本件持分を譲受け、同日付でその代金を支払うべき義務が生じたものである。

(ハ) ところで右同日における本件持分の譲受代金は、その払込金額である金五万円以上であるから、右最低限度の譲受代金である金五万円およびこれに対する昭和四四年四月一日から右金額完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二)  被告の答弁

(1)  原告主張事実のうち(1) 、(2) 、(3) 、(4) の事実、(5) のうち原告が被告の会員適格者である事実、(6) の(ロ)のうち原告主張の如き内容証明郵便の到達、買取請求および事業年度に関する定款の定めの存在、(ハ)のうち代金が金五万円以上であることはいずれも認めるが(5) および(6) の(ロ)、(ハ)のうち各右以外の事実並びに(6) (イ)の信用金庫法第一六条にいう本件持分の譲受人がいない場合に該当する旨の主張はいずれも争う。

(三)  被告の主張

(1)  信用金庫の持分の差押換価について

信用金庫は協同組合形態の金融機関であり、中小企業者、労働者、農漁民、消費者などが協同して金融事業を行う相互扶助的非営団体であるから、営利法人である合名会社、合資会社とは趣を異にし、身分的結合の色彩が強い。従つて信用金庫の出資持分につき、合名会社、合資会社の持分の差押換価と同一に取扱うことは、その旨の法文のない限り不可というべきであるところ、かかる明文の定めはない。従つて信用金庫の持分の差押は可能としても、その換価はできないというべきである。このことは国税徴収法第七四条の規定をまつて、始めて持分差押、退社請求制度が認められるに到つたこと、商品取引所法も第三五条で明文をもつて、その定めをしていることに徴して明らかである。

(2)  信用金庫法第一五条、第一六条について

(イ) 信用金庫の出資持分の譲渡については、譲渡に関する信用金庫の承諾および譲受に関する信用金庫の承諾の双方が必要であると解すべきであるから、信用金庫が右承諾をなすについてはその前提として譲渡人、譲受人間に譲渡契約の存在が必要であるところ、本件持分については、原告と高田との間にかかる契約が存在することは認められず、かつ高田から本件持分を原告に譲渡する旨の申し出を受けたこともない。かりに原告が高田に代位して譲渡人としての譲渡ならびに譲渡承諾の請求の各意思表示をしたとしても、身分権的色彩の強い持分権の譲渡につき、かかる意思表示を代位行使することはできない。

(ロ) 元来信用金庫法第一五条、第一六条は持分の任意譲渡に関するものであるところ、本件については、高田が行方不明であるから、持分の任意譲渡はありえず、従つて同法第一七条の法定脱退事由たる会員資格の喪失に該当するものとみるべきである。そして被告は高田から本件持分の譲渡の申し出を受けたことはないのであるから、原告の譲渡承諾請求に対しては、これを法定脱退事由に該当するものと解してよいか、否かについては慎重に検討せざるをえぬところ、高田はその所在が不明であつて、その意思を確認できぬため、たやすく原告の申出に応じなかつたものである。そして会員たる資格の喪失という結果をもたらすような持分の譲渡には譲渡人の同意なき限り信用金庫としては譲受につき、その承諾請求には応じえぬと解するものである。従つてかかる被告の態度をもつて、信用金庫法第一六条にいう「譲受ける者がいない場合」に該当するとはいえない。

(3)  代位権行使について

信用金庫法第一三条から第一七条までおよび第二一条にいう持分については、これを差押えることは可能としても、会員たる資格が構成要素となつている持分、換言すれば身分権を含む持分の譲渡については、特にその代位行使を認める明文の規定なき以上債権者が債務者に代つて持分譲渡に関する意思表示を代位行使することはできないものであるから、(2) 、(イ)において前述したとおり高田を代位してなした原告の本件持分譲渡の意思表示および被告に対する譲渡承諾請求の意思表示は無効であり更らに予備的請求の請求原因たる信用金庫法第一六条に基く被告に対する持分譲受請求の意思表示も無効である。

(四)  被告の主張に対する原告の反駁

(1)  信用金庫の持分の差押換価について

信用金庫の会員としての地位は、株式会社の株主の地位と大差はなく、その内容も利益配当請求権、残余財産分配請求権、議決権、役員となりうる資格などを包含した会員権と、解散、脱退の場合において金庫に対し払戻しを請求する計算上の数額を意味するもので、その実質は財産権そのものに他ならない。従つて他の法律に持分権に対する強制執行方法の規定があるにかかわらず信用金庫法にはこれを欠くといつても、右の他法律にある明文は差押債権者に脱退請求権を認めたものであり、会員以外の者に脱退請求権を認めた点に明文の必要性があるのであつて、かかることのない信用金庫法上の持分につき右明文規定なきことを理由に、その差押換価を否定することはできない。

(2)  信用金庫法第一五条第一六条について

本件持分の譲渡に関する信用金庫法に基く被告の承諾は、譲渡に対する承諾或は譲受けに対する承諾のいずれか一方が存在すればよいのであり、双方の存在を必要とするものではない。そして原告は譲受けについての承諾を直接請求しているものであり、高田の権利を代位行使しているものではない。高田の譲渡の意思表示は執行裁判所の譲渡命令によつて代置されるべきものである。

(3)  代位権行使について

信用金庫の持分は、その実質が一種の財産権であることは前述のとおりであるから、原告が高田に代位して信用金庫法第一六条に基き、被告に対して本件持分の買取請求をなしえない理由はない。

被告は原告の譲受承諾請求に対し高田の意思を確認しえずとして、これを拒否しているものであるが、本来高田の譲渡意思は執行裁判所の譲渡命令によつて代置されるべきであり、一方本件持分は既に原告によつて差押られているから原告の意思に反して高田が有効に処分しえざるものであり、従つて被告の承諾拒否が正当であるとすれば本件持分については何人がこれを譲受けんとして、譲受承諾請求をしても、被告によつて拒否されることにならざるをえず、従つて信用金庫法第一六条にいう「これを譲受ける者がないとき」に該当するものというべきである。

三、証拠<省略>

理由

原告の本位的請求について検討する。

(一)  原告主張の事実のうち(1) 、(2) 、(3) 、(4) の各事実、(5) のうち原告が被告の会員の適格者である事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  信用金庫の持分の差押換価について

(1)  信用金庫の会員たる地位は、引受出資口数に応する金額の払込を完了したとき、または会員の持分の全部または一部を承継したときに生じそれに応じて会員は信用金庫に対して持分を有することになるのであるが、この持分には二つの意義がある。その第一は会員が会員たる資格において金庫に対して有する権利義務の総称またはこれらの権利義務発生の基礎たる法律関係、すなわち剰余金配当請求権、残余財産分配請求権などのような自益権と、議決権、業務執行権、代表権のような共益権を包含する会員権とも称すべきものを意味するものであり、その第二は金庫が解散するか、または会員が脱退した場合に会員がその資格において金庫に対し請求し、または金庫が支払うべき観念上あるいは計算上の数額を意味するものである。

(2)  これらいずれの意義にしたがつても信用金庫の持分は財産権としての性格を有するから、これらに対する差押換価は民事訴訟法第六二五条に従つて肯定されるべきである。尤も右差押換価は持分を一個の財産権として、これに対してなされているものであるから、持分権にふくまれる身分的な権利には及ばず、従つて差押があつても差押債務者たる会員は議決権を行使し、または役員として業務を執行し金庫を代表することができることは勿論である。尤も差押持分につき換価手続がなされ、その結果持分全部が執行裁判所の競売または任意売却命令により、或は譲渡命令により処分された場合は、会員は持分全部の譲渡に基き信用金庫を脱退したことになるから、爾後は如何なる意味においても持分権を行使しえざることは当然であるが、右は持分を差押たことに基き、国家が債務者からその処分権能を徴収し、これに基き債務者の持分全部を処分した結果、債務者が脱退したことになり、ひいて持分権に含まれる身分権をも行使しえざるに至つたものであるに止まり、信用金庫の持分の差押換価はあくまでも右持分権を一個の財産権として、これをなしているものである。

(3)  従つて信用金庫の持分権は身分的色彩が強いから特別の明文なき限り、その差押換価は不可能であるとの被告の主張は理由がない。

(二)  信用金庫法第一五条、第一六条について

(1)  信用金庫法第一五条はその第一項で「会員は金庫の承諾を得て、会員または会員たる資格を有する者にその持分を譲り渡すことができる。」と定め、同第二項で「会員たる資格を有する者が持分を譲り受けようとするときは、金庫の承諾を得なければならない。」と規定しているが、右各規定の立法趣旨は、金庫の人的結合である協同組織としての本質に基き、持分の自由譲渡を認めることは妥当でないことに在るのであるから、特定の譲渡人が特定の譲受人(会員たる資格を有する者であることは勿論である。)に対して特定の持分を譲渡する本件の如き場合において必要とされる金庫の承諾は、譲渡および譲受の双方につき存在する必要はなく、そのいずれか一方につき存すれば右持分譲渡行為は有効となると解すべきである。この点につき被告は持分の譲渡には常に譲渡および譲受の双方につき金庫の承諾を要すると主張するが、一般的に会員資格を有する不特定者に対して持分を譲渡する場合、或いは会員資格を有する者が不特定者たる会員から持分を譲受ける場合において、それぞれあらかじめ、概括的ないし抽象的に譲渡或いは譲受につき金庫の承諾が在つた場合において、これに対応する具体的な譲受或いは譲渡につき更めて金庫の承諾の要否が論議されるような場合には、或いは一会員の出資口数に対する制限規定の遵守、或いは現実の譲渡ないし譲受行為時において譲受人が会員資格を有するか否かの確認などのため、その必要性を是認しうるとしても、特定の譲渡人から特定の譲受人に対し特定の出資持分の譲渡する場合にまで、双方からの承諾請求を必須とする必要はないといわなければならない。

(2)  そうすると本件においては、原告は本件持分を高田から議受けることにつき被告に対し、譲受承諾を求めているものであるから、右請求に対し、高田から譲渡についての承諾請求がないことを理由に、或いは譲渡承諾請求は債権者代位権の対象にならぬとの理由から(原告が代位権に基いて請求しているものでないことは原告の主張に徴し明らかである。)原告の請求が失当であるとする被告の主張は理由がない。

(3)  また被告は持分譲渡について譲渡人、譲受人双方から各承諾請求がなされることが必要であるとの主張から出発して、そのためには先ず持分譲渡契約が存在していることを要するところ、譲渡人たる高田は所在不明であるから譲渡の意思表示が存在しないこと、もし原告が債権者代位権に基き右意思表示をしたとするならば右意思表示は代位権に親しまないと主張するが、先ず被告主張の前提が失当であることは前述のとおりであるのみならず、本件持分譲渡について必要とされる高田の譲渡の意思表示に代るものとして、国家が高田から徴収した処分権能に基き譲渡命令を発するものであるから、更めて高田の譲渡意思表示の存否を論ずる必要はなく、また代位権に親しむか否かも論ずる必要もない。まして、原告は本訴において、代位権を行使して譲渡の意思表示ないし譲渡承諾の請求をしているものではないのである。そして、右の理は高田の有する持分全部に対する譲渡の場合であると持分の一部に対する譲渡の場合であると、その結論を異にするものではないから、被告主張の如く持分全部に対する譲渡の場合には特に高田の意思の確認を要するとの主張も理由がない。

(4)  被告は、持分の全部に対する強制執行手続による処分は、持分の任意譲渡の規定である信用金庫法第一五条第一六条の問題ではなく、同法第一七条第一項第一号にいう会員たる資格の喪失という結果をもたらすから、法定脱退に該当するものであるところ、かかる結果をもたらす場合は、特に金庫としては、債務者たる高田の譲渡意思の確認を必要とし、これが不可能である本件の場合は原告の譲受承諾請求を拒否しうると主張するが、強制執行手続による持分の譲渡とも、債務者の意思を無視して譲渡しうるとはいえ右以外の点については信用金庫法第一五条に従つて譲渡されるものであつて、同条の適用につき、任意譲渡の場合と強制執行手続による譲渡の場合とで結論を異にすべき理由はない。そして右の理は持分全部に対する譲渡命令の如く債務者の脱退という結果をもたらす場合においても同様であり、かかる場合のみ特に債務者の意思の確認を要するというものではない。(被告は本件の場合は、信用金庫法第一七条第一項第一号の会員たる資格の喪失の結果をもたらすというが、右にいう会員資格の喪失とは、法定脱退の一事由として、会員の意思如何にかかわらず一定の法律要件の具備によつて法律上当然脱退することになる事由、即ち同法第一〇条または同法第二三条第二項第五号に定める会員たる資格に合致しない状態に立ち至つたことなどをいうのであり、その結果同法第一八条に基き持分の払戻しがなされるのであつて、強制執行手続による持分全部の譲渡が法定脱退の問題になるということはありえないというべきである。)

(三)  そして、原告が本件持分の差押債権者として、執行政判所たる東京地方裁判所から右持分を執行債務者たる高田から原告あてに譲渡する旨の譲渡命令を申請すべく、それに先立ち被告あて信用金庫法第一五条第二項に基く譲受請求をしたこと、原告が被告の会員適格者であることは当事者間に争いがないから、被告は正当な事由なき限り右承諾を拒否しえないものと解すべきことは信用金庫に対する加入自由の原則(信用金庫法第七条、第一三条参照)に鑑みて当然であるところ被告の前示拒否事由に関する主張はすべてこれを正当となし難いこと前認定のとおりであり、その他本件譲受承諾拒否を正当ならしめる何らの主張立証がないから、被告は原告に対し本件譲受承諾の意思表示をなすべき義務があるといわなければならない。

よつて原告の本位的請求は理由があるから、これを肯認し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達昌彦)

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